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院内での心室細動に対する早期除細動

院内での心室細動に対する早期除細動

 入院中,心室細動を起こした患者に対する除細動が遅れたことを争った事件の訴状の抜粋です。
 * 除細動 よくドラマ等で見る,胸に電極をあて,電流を流す手技です。

 下記準備書面は,あくまで一例です。
 案件によって,書面内容は変わりますので,詳しくは,直接お問い合わせ下さい。

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(1) 心室細動と除細動
 個々の心室筋細胞がおのおの不規則に細かく収縮,弛緩を繰り返す状態を心室細動(ventricular fibrillation:VF)という。心室全体としての収縮,弛緩を消失するので,ポンプ作用はほとんどみられなくなり,急速に心室からの血液駆出がなくなる。数秒で意識を喪失し,けいれんを来たし,すぐに呼吸が停止する。数分から十数分後には心静止へ移行する。
 この細動を除去することを除細動といい,心室細動に有効なのが,直流電通を行う電気的除細動(カウンターショック)である。一般に,2つの通電用電極を前胸壁上で,心臓を挟むように位置させて通電する。なお,最近は,看護師,救急救命士,一般市民も使用を認められる自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator:AED)が,航空機内,公共施設,医療機関の外来や一般病棟などに普及している。
(2) 除細動の遅れ
ア 心室細動に対する唯一の効果的治療は除細動である(証拠略)。除細動が1分遅れるごとに救命率が7ないし10%減少してしまうことが,一般に承認されており,本件当時,院内での心停止に対しては3(±1)分以内の迅速な除細動が求められていた(証拠略)。
 ところが,Aは,午前6時30分ころ,被告病院内のトイレで倒れているところを発見され,看護師が午前6時34分に心室細動を確認しながら,午前6時43分になって,ようやく除細動が行われている。
 それは,求められる医療水準に照らし,明らかに遅すぎるというべきであって,被告病院医師,看護師らには,Aに対し迅速な除細動措置を執るべき注意義務を怠った過失がある。
イ 予想される被告の主張
 被告は,訴訟前の交渉において,次のように主張した。Aは心停止の状態にあっただけでなく,呼吸停止の状態でもあったので,まず看護師が心臓マッサージを開始し,更に到着した医師が心臓マッサージを行う一方で看護師がアンビューによる人工呼吸を行わなければならず,除細動器の取り出しから作動までに時間を要した。すぐに除細動が実施できない場合は,心臓マッサージと人工呼吸で心肺蘇生を行いながら,除細動の準備をし,準備でき次第除細動を行えばよいのであって,本件では,限られた人員で心肺蘇生を行いながら,除細動を可及的速やかに行ったので,過失はない。
 しかし,前述のように,心室細動に対する唯一の効果的治療は除細動であり,これに対し,心臓マッサージやアンビュー等の心肺蘇生(cardio-pulmonary resuscitation:CPR)は,除細動が有効に働く心室細動の期間を延ばす意味しかない(証拠略)。「一時的なCPR〔心肺蘇生〕のみではVF〔心室細動〕から正常洞調律への回復を期待することはできない」のである(証拠略)。したがって,いくら早期に心臓マッサージやアンビューを開始しても,除細動が遅ければ,救命措置として不十分というほかはない。
 また,人員が不足していたといっても,当時,看護師2名と医師1名が在室していたのであって,1名がアンビューを,1名が心臓マッサージを担当すれば,もう1名は除細動器の稼働準備に専念できたはずである。
 そもそも,被告病院は,「地域の基幹となる総合病院」ないし「そのほかの総合病院」であって,救急病院でもあるのだから,除細動を迅速に行えるスタッフや機器(自動体外式除細動器(AED)を含む。)をそろえておく必要があった。

 この点を更に詳細に補充した準備書面です。

1 我が国における院内での早期除細動の指針
 被告は,「院内での早期除細動の目標は心停止から3分以内とされている。」との「〔改訂3版〕救急蘇生法の指針2005(医療従事者用)」(160頁)の記載について,「おそらくは2000年ガイドラインをもとに記述されたものであると思われ,2005年のAHAガイドラインにおける前記のような変更をふまえたものとは思われない。」という。
 しかし,それは誤解である。2005年のガイドラインは,国際蘇生連絡委員会(International Liaison Committee on Resuscitation,ILCOR)の「2005心肺蘇生と救急心血管治療における科学と治療勧告についての国際コンセンサス(2005 International Consensus Conference on CPR & ECC Science with Treatment Recommendation,CoSTR)」に基づき,世界の各地域で策定されることとなった。アメリカでは,被告の指摘する「AHA心肺蘇生と救急心血管治療のためのガイドライン2005(2005 American Heart Association Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care)」が策定されているが,それと同じくCoSTRに基づき日本でまとめられたガイドラインが,上記「〔改訂3版〕救急蘇生法の指針2005(医療従事者用)」である(同書「序文」)。
2 指針の適用
 被告は,AHAガイドライン2005が,卒倒から3分以内にAEDを使用する目標を掲げているにすぎないとして,原告の主張によれば,「どのような状況下でも医療従事者の専門的判断なく」3分以内の除細動を求めることになり不当だというようである。
 しかし,原告としても,3分以内の除細動という指針について,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由があれば,医療機関の過失が認められないことはあると考えている。この点で,医薬品の添付文書(能書)に関する判断であるが,「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるものというべきである。」とする最高裁平成8年1月23日判決民集50巻1号1頁が参照されるべきである。
 しかし,本件においては,3分以内の除細動をしなかったことについて,特段の合理的理由があるとは考えられないのである。即ち,既に述べたように,本件では,当初から看護師が2人いたのであるから,1人の看護師がCPRを行ない,もう1人の看護師が除細動器の準備をした上で,医師が遅滞なく到着し,直ちに除細動を行なったというのであれば,除細動まで3分を超えても,特段の合理的理由が認められた可能性はあろう。ところが,本件では,当初,看護師は除細動器の準備をすることなく,医師が到着してから除細動器の準備にとりかかったのであって,それでは3分以内の除細動をしなかったことについて,特段の合理的理由は認められないというべきである。
3 医療実態と医療水準
 被告は,「〔改訂3版〕救急蘇生法の指針2005(医療従事者用)」29頁に,「AEDのない病院内で心停止が発生した場合,除細動までの平均時間は5~10分であったという報告がある。」ことを指摘する(もっとも,その報告の出典は明らかでない。)。
 しかし,既に指摘したように,医療水準は,「平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく,医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって,医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。」(最高裁平成8年1月23日判決民集50巻1号1頁)。
 加えて,AHAの報告では,初回除細動までの時間は1.5±3.1分であったというのであり(証拠略),3分以内の除細動は,我が国でも実現可能な目標というべきである。

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